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DATE
Japonica, Kyoto
Nov 8-23 2007
MANIFEST "欲望鎌足(よくぼうのかまたり)"とは、主に義務教育期における授業中の落書きによって収集し蓄積した、日本のマンガにはじまる様々なキャラクターのタッチの手癖や記憶を、現時点で復刻し再構築したドローイング群である。
"自分"と"社会"に対するやり場の無いネガティブなパッションを、キャラクター特有のポップな感情表現で、ポジティブ且つユーモアに還元し、大衆的な物販化で、より多くの人々に作品の世界観を届けたい。
また、ワークショップ/パーティ/トークイベント等作家自身が表に出て様々なジャンルの人間とコミュニケーションをとり、絵を描く事/表現することのたのしさを伝えたい |
山尾光平 |
EXHIBITION VIEW (下の画像をクリックすると、スライドショーで画像が見れます。画像上をクリックしていくと次に進みます。Mac
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CARDDASS
第1・2彈 / 全100種 (92種+8種) 総生産数2000枚
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< 遊び方の例 > ED (エディションナンバー)の分母と分子を足した値の小さい方が勝ち。
同数の場合は下の説明図を見て下さい。
☆特殊カード(8種)を使えば、世界がかわるかも?? 

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RECOMMEND
「山尾君の作品をまだ言葉で表すのは難しい。 だけど引っかかる。引っかかるものがある。 引っかけられる時もあれば、自分から引っかかる時もある。
本来の意味でユニークで愛があって、 音楽と一緒で山尾izmが明確にあるからだと思う。」 DJ
KENSEI (NUDE
JAZZ・FINAL DROP・OUTERLIMITS INC./DJ・プロデューサー)

「今回のBAKIBAKIによるアートピースの中から、 ヘッドロココ級のレア物を吟味しゲットしてみようと思う。 そして、後に現れるであろう敵対コレクター達にブッチギリで差をつけるため、
ギラッギラな額装をこしらえ待ち構えておこうと思う。 こんなに俗な占有欲が勃起するのは小学生以来だ。」 メチクロ
(MHz head office/造形家・デザイナー)

「“若いながらに骨のあるヤツ”・・・去年のナイキのキャンペーン仕事でみっちり一緒に過ごし、僕は山尾光平という若いアーティストの本質に触れたような気がする。
DOPPELとしてではなく、ソロアーティストとして表現する彼の作品には、まさに彼自身の欲望のカタマリがぎっしり凝縮されている。
ヤマオは僕のまわりに数多くいるアーティストのなかでも、特に大きな可能性を秘めてる秘密兵器です。」 飯田アキオ
(WIEDEN + KENNEDY/プロデューサー・アートバイヤー) 
LINERNOTES
『異体同心』 山尾光平はパッションの人間だ。
これまで公私共に山尾光平と多くの時間を過ごしてきた僕には、アーティストという側面から彼を見ることは出来ない。それに、僕以上にアーティストとしての彼を批評出来る人がいるだろう。
友人として、共にEyeRhymeを続けてきたパートナーとして、改めて彼のことを考えた時、理屈ではなく情感や熱情(=パッション)に突き動かされる彼の姿が思い浮かんだ。
その姿は取り憑かれたように突き進むといった使命感や崇高な目的とは無縁のものだ。
人間なら誰もが持つ、思い出や郷愁感、単純に「好きだ」と言えること、それを一人でも多くの人と共有したいという想い。理屈や理性では推し量ることの出来ない「想い」に突き動かされながら描き続ける彼の姿。情感的であるが故に、極から極へと揺れ動き、その時その時の「今」から動くことの出来ない不器用さ。泣き、笑い、怒り、悲しみ、時にはぞんざいな言動で人を傷つけ、時には無心で他人を気遣う。
要するに、煩悩まみれ、自分勝手の我が侭な人間。だが、それは僕にもあなたにも共通したものだ。
多くの人が求めながらも「子供じみたもの」として隠し、捨て去る「想い」を彼は忠実に、真っ直ぐに、自らの心の内に探り続ける。
僕らが日々変化し成長していくように、彼もまた一個の人間として僕らと何も変わらず成長していく。それは、私的にも公的にも変わり、良くもなれば悪くもなるだろう。
僕らと同じように。
そこで目の前にある現実や、自分を取り巻く社会、脳内にだけ生み出される現実と何ら変わることのない妄想と闘い、悶え、喜び、落胆する。時には、闘う事
を放棄して嬾惰の生活を続けたりもする。 が、誰も永遠に堕ち続けることなど出来ないように彼もまたそこから這い上がり、何かを掴み戻ってくる。何かとてもすごいことを発見した子供のように、喜色満面で、少しはにかみながら。
右に逸れ、左に逸れ、後ろを向いたり、転んだり。それでも前に進み続ける。そうやって生み出された一つ一つの作品を僕らの目の前に届けてくれる。決して超然としたアーティストでもなく、異世界に住む天才でもなく、手の届かない遠い存在でもなく、当たり前の人間として、彼は僕らと「共に」成長する。
山尾光平は自らの欲望の赴くままに自分自身を刷新し続ける。
僕にも、あなたにも届く何かを持って。
山本拓馬 [EyeRhyme / bite]

『ビジュアルアンセム』
最近の彼らときたら、端から見る限り絶好調に映る。日本におけるライブペイントシーンのパイオニアとして確固たる地位を築いている事実を初め、NIKEやNISSAN等とのクライアントワークが様々なメディアで露出している…。
ひと昔前ならば、ここまでの結果でアーティストを気取り、代理店との蜜月を築き、それなりの見返りを謳歌することに何の疑問も持つ必要がなかったであろう。しかし、彼ら[僕ら]の世代に命名された徒名は『ロスト・ジェネレーション』と呼ばれるもので、乱暴に要約すれば『ソンな世代』である以上、先代によって搾取され尽くした搾りカスのようなご褒美がモチベーションに変わることは到底有り得ないし、そもそも彼らがディールを交わしてきた相手は、その立場の大小に関わらず、剥き身で彼らの「絵」を渇望する数奇者しか存在し得ないはずなので、たとえステロタイプな要求が背後に見え隠れしたとしても、新たなタームを迎える為の儀式と成り代わるだけで、野暮な杞憂が入り込む余地は無い。
ここに至り、彼らに課せられている使命とは、そんな前時代的で一過性の事柄ではなく、より強大で普遍的な「宿命」に対する挑戦だと考えている。こんな重苦しい時代だからこそ発現可能なブレイクスルーは、より一徹したタフネスの獲得を意味している。そして、そのヤリ方は暴挙であればあるほどに美しい。
「デュオ」という形態を取る限り、その精度を増すほどに足下へと擦りよる”予定調和”という名の蜜なる安定。それは、希代の漫才師や夫婦らが証明してきた定説として抗うことの出来ない「宿命」で、絡み付かれた瞬間から”服従”か”破壊”かの二択を迫られ続ける因果だ。
彼らもまた同様にその域へと達しつつあるが、前述の通り、図らずとも背負わされている時代のカルマを前にしては選択の余地など無く、”破壊”という脱出劇のみが用意され、魅惑の腹腹時計が爆発の時を待ち構えている。そこでは「”破壊”を以て”偶然の調和”を導き出す」という危ういカタルシスこそが爆発の鉄則であるが、そのヤリ方こそが彼らのペイントスタイルそのものである以上、当人達の意識の有無に関わらず、必然的に時限爆弾の秒針は回り始める。
「宿命」に対する”破壊”は、ソロワークという形となって出現した。
今年5月にASANOHAにて決行されたBAKIBAKIの初個展”Stand by Me”展では「美人画(!!)」を含む多種多様に乱反射する作品群を揃え、山尾光平という圧倒的な”個”を証明。
追って9月、i.n.k gallaryにて決行されたmonotypeによるエキシビジョンでは、その”個”すらも超越し、民族紋様的ルーツを遡り至り、ついに地底無機物の言語跡のような筆致にまで辿り着くという域にまで発展。
さらなる”破壊”は勢いを増してゆく。「欲望鎌足(よくぼうのかまたり)展」と名付けて決行されるBAKIBAKIの新たな個展は、あまりにも突飛かつ凶暴にブレまくっている。その準備に先立って僕の元を訪れ、不気味な笑みと共に開帳したファイルにコンプリートされた猥雑なビックリマン的カード群(?)が、彼の作品であったことにすらそもそも気付かなかった程、それは完璧にブレまくっているのだが、ややもして襲いかかってきた得体の知れぬ感動は、まるで初めて体験したGIGのようにノイジーで、伏せ字を強要される薬物の様にじわじわと誘惑してくる類いのそれに近い。
BAKIBAKIと共に、2005年愛知万博以来の盟友であるマストワンという絵描きが2006年の個展『妖怪展』で発表したアートピースがある。彼は「日出ずる国」古来より伝承されるフリーウェア・キャラ「妖怪」を「カードダス」的トレーディングカード・フォーマットに準えて異形サンプリングすることにより、世界基準を装った従来型の「和」や「禅」を破壊し、リアルな「和」を表現して魅せた。その一連の作品に向けられた反響は大きく、今や世界のマーケットをリードするマイアミのコレクターまでをも既に魅了している。
特筆するまでも無く、マストワンも同様に「ロストジェネレーション」と括られる世代の一人として、時代と国境の狭間から孤軍奮闘を重ね脱出を図る絵師である。もはや死に体となった、いや、そもそも存在すら無かったかもしれない日本のアートシーンの中で独自の手法を以てブレイクスルーを果たした彼の作品との出会いもまた、今回のBAKIBAKIによるアートピースと同様の体験を経て感動した記憶がある。あまりに近接的で突飛すぎるが故の破壊的誘惑。
もはや、この時代性を帯びた共通体験には強烈な因果を感じずにはいられない。これから先の「ビジュアル・アンセム」とはこうして決定されてゆくのではないかとさえ思う。
希代の絵師達による暴挙の数々は僕自身の頭蓋をも破壊してゆく…。今回のビックリマン的アートピースの中から、ヘッドロココ級のレア物を吟味し対価を払いゲットしてみようと画策する自分がいる。しかも、後に現れるであろう敵対コレクター達にブッチギリで差をつけるため、ギラッギラな額装をこしらえ待ち構えようとすらしている。
こんなに俗な占有欲が勃起するのは小学生以来であるが、この欲望こそが、彼らによってもたらされた純粋なる”破壊”から産まれた”偶然の調和”なのだと確信するまでに至っている。
夥しい破壊の後、ここに至るエポックメイクを全て完遂し、二人に還り出現する”偶然の調和”を目撃する日が待ち遠しい。
メチクロ [MHz headoffice]
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